早川口二重外張発掘調査見学会

早川口二重外張は早川に面した(とは言っても早川までは結構な距離があります)小田原城惣構の虎口で、熱海方面に向かう街道(熱海道)に対応した城門でした。その名前の示すとおり、土塁と堀を二重に配した構造で、低地部で確認できる数少ない小田原城惣構の遺構です。
これまで小田原城惣構の低地部の遺構は、本格的な発掘調査が行われていませんでした。今回の早川口二重外張の発掘調査がその最初の例になるそうです。
現地発掘調査説明会が2017年12月2日(土)に開催されたので、その様子をお知らせします。

早川口二重外張全景

早川口二重外張全景その一

早川口二重外張全景その一

早川口二重外張全景その二

早川口二重外張全景その二

早川口二重外張はその名の示すとおり、土塁が二重になっています。この当たりは明治時代遺構に屋敷の庭園としてかなりの改変を受けていますが、外側の土塁と内側の土塁に挟まれた谷のような地形を確認することが出来ます。東側(内側)は標高10メートル程度、南側は標高8メートル以下で、早川に近づくにつれて標高が低くなっていきます。また土塁に沿って西から南へ小田原用水の分流が今でも流れています。

5トレンチ・7トレンチ

5トレンチ

5トレンチ

7トレンチ

7トレンチ

5トレンチでは現況地形が明治以降に大きく改変されているとがわかりました。特に興味深かったのは5トレンチで、ここでは近代に掘られた穴に大量の海砂が詰まっていました。これは1902年9月28日に発生した小田原大海嘯で陸に上がった海砂を捨てた跡ではないかとのことでした。こんなところに近代小田原の歴史の一旦が埋もれているとは驚きです。
7トレンチを始めとした内側土塁の側からは、江戸時代に水田として利用されていたと考えられる土の堆積が確認できました。水分を多く含んだ状態が続くと、土の中の酸素が減り、土が青緑色になるようです。街中で発掘調査をして、このような青緑色の地層が出た場合は大体が水田だとか。またひとつ勉強になりました。

6トレンチ

6トレンチその一

6トレンチその一

5・6トレンチ全景

5・6トレンチ全景

6トレンチその二

6トレンチその二

今回の見学会で最も見ごたえがあったのが、外側の土塁を試掘した6トレンチになります。このあたりは今でも土塁らしさをとどめており、その土塁の断面を確認することが出来ました。
驚いたことにここでは「土塁」と言いながら、その芯から大量の石材が使用されている状況が確認できました。石材と土で土塁の中心を造り、それを土で覆って土塁としているイメージです。小田原市史には海岸線(浜町)の惣構土塁において「石がまとまって出土したといわれている」という記述があり、今回確認できた遺構の状況と合致しており、低地部惣構土塁の構造上の特徴である可能性が高まりました。
低地部の土塁としては、惣構東側の蓮上院周辺にも残されていますが、もしかしたら蓮上院の土塁も掘り返してみると石が大量に出てくるかもしれません。あるいは、早川口は早川が近く川石の入手が容易なため、とりあえず資材として使ったという可能性もありますが。
しかし、土塁は芯まで土で埋まっているものというのが私の常識であったため、土の中から石が出てきたことには驚きました。

8トレンチ

8トレンチ

8トレンチ

8トレンチでは外側土塁の法面、二重の土塁の間隔が狭くなっている部分から砂利敷きが確認されました。砂利敷きについては、虎口内の通路ではないかと考えられますが、今後のさらなる調査が必要なようです。

お城EXPO 2017 レポート

2017年12月22(金)、23(土)、24(日)の三日間、二回目の大規模お城イベント「お城EXPO 2017」がパシフィコ横浜で開催されました。
主催者のお一人である東北新社様からのご案内もあり、招待状まで受け取りましたので今年も喜んで行ってきました。
昨年と同じで招待券のみでは私の主目的である厳選プログラムは見れないため、早々に別途ワンデイパスを三日分購入したため、結果的に招待券は使わずじまいとなりました。また、三日間ガッツリ楽しむ予定だったのですが、残念なことにちょうど風邪をひいてしまい、自重して長居せずに帰ってきました。
そんな状態でしたが、二日目と三日目の厳選プログラムは全て見ました。ここでは主に二日目の厳選プログラムで興味深かったものをご紹介します。
ちなみに、今回は私用フロアが増え、人口密度が減ったためか、昨年ほどの混雑ぶりは感じませんでした。特に、物販ゾーンはだいぶゆったりしており、昨年の混雑はなんだったのか…といった感じでした。

1 テーマ展示 – お城のジオラマ模型展
昨年も非常に楽しめたこのコーナー、今年も一見しただけではどこの城かわからないようなマニアックな城の模型が展示されていました。前回は現存十二天守が中心だった天守木製模型も、私の好きな望楼型天守が多く展示されていました。

お城のジオラマ-安土城 その一

お城のジオラマ-安土城 その一

お城のジオラマ-安土城 その二

お城のジオラマ-安土城 その二

お城のジオラマ-金沢城 その二

お城のジオラマ-金沢城 その二

お城のジオラマ-姫路城 その二

お城のジオラマ-姫路城 その二

お城のジオラマ-姫路城 その一

お城のジオラマ-姫路城 その一

お城のジオラマ-仙台城 その一

お城のジオラマ-仙台城 その一

お城のジオラマ-仙台城 その二

お城のジオラマ-仙台城 その二

お城のジオラマ-江戸城

お城のジオラマ-江戸城

お城のジオラマ-豊臣大坂城 その一

お城のジオラマ-豊臣大坂城 その一

お城のジオラマ-豊臣大坂城 その二

お城のジオラマ-豊臣大坂城 その二

お城のジオラマ-苗木城 その一

お城のジオラマ-苗木城 その一

お城のジオラマ-箕輪城

お城のジオラマ-箕輪城

お城のジオラマ-高天神城 その一

お城のジオラマ-高天神城 その一

お城のジオラマ-高天神城 その二

お城のジオラマ-高天神城 その二

お城のジオラマ-高松城天守

お城のジオラマ-高松城天守

お城のジオラマ-岡山城天守

お城のジオラマ-岡山城天守

お城のジオラマ-新発田城三階櫓

お城のジオラマ-新発田城三階櫓

お城のジオラマ-萩城天守

お城のジオラマ-萩城天守

2 厳選プログラム
今年も私のお目当てはこの厳選プログラムで、今回も城会の重鎮である小和田哲男先生や三浦正幸先生のお話を聞くことが出来ました。今回はいくつかの講演でレジュメが配布されたのも良かったです。
ちなみに今回も厳選プログラムの登壇者の先生方が、メインホールの前方隅のあたりの関係者席に座っていたようで、講演の合間には人が集まっていました。とくに千田嘉博先生の周りにはたくさんの人だかりができ、サインや写真撮影に快く応じている千田先生の姿が印象的でした。やはり千田先生はお話が上手です。わかりやすく、ときにはユーモアを交えた話しぶりはとても親しみやすく、非常に引き込まれる講演でした。
というわけでここではこの千田先生の講演をご紹介します。

2.1 厳選プログラム – 12/23(土) 江戸始図から見た江戸城 千田嘉博先生
昨年、松江で千田嘉博先生が再発見した江戸城の古図「江戸始図」から、徳川家康時代の江戸城についての最新調査結果が紹介されました。
これまでは「江戸図屏風」で見る、徳川家光時代の黒い巨大独立天守のイメージが強かった江戸城ですが、そのイメージが大きく変わりました。
また、江戸城へ至るまでの徳川家康の居城の様子から、家康への権力集中の過程が伺えるとのことで、非常に興味深かったです。

2.1.1 江戸城以前の家康の居城を他の天下人の城との比較
・信長の城(安土城)…家臣の屋敷が中枢部の周りに集約。城下町は城に隣接し密度が高い。
・秀吉の城(大坂城)…家臣の屋敷が中枢部の周りに集約。城下町は城に隣接し密度が高い。
・家康の城(岡崎城、浜松城)…家臣の屋敷は城からやや離れた所に点在。城下町は城からやや離れており、密度が低く点在している。
→信長や秀吉にくらべ家臣団に対しての力が弱いため、城下町の大規模改修きなかったことが伺える。

2.1.2 江戸城への入城
ほとんどなにもなかった江戸城への入城により、一から城と城下町を造る機会に恵まれた。これにより無理なく家臣の屋敷を中枢部の周りに集約し、城下町も自分好みに構築できた。
→築城により家康への権力集中を進めることができ、徳川家体制を一新できた。秀吉による家康の関東移封は、家康にとって結果的にプラスになった。

2.1.3 江戸初図はなぜ松江で見つかったのか
松江松平家は家康の三男、結城秀康の子、松平直政が藩祖であり、家康直系の子孫が藩主。よって家康ゆかりの品があっても不思議ではない。

2.1.4 江戸初図の優れているところ
これまで家康時代の江戸城の絵図として「慶長江戸図」があったが、あまり精密なものではなく完成度が低かった。しかし「江戸初図」はこの慶長江戸図でわからなかった部分が詳細に描かれていた。

2.1.5 江戸初図から読み取れたこと
・天守は大・小天守が連立した姫路城のような連立式天守であった。
・本丸の出入り口は五重の外枡形で、過剰なほどの防御体制であった。五重の外枡形は熊本城に見られる。
・天守北側には3連続馬出しがある。これは武田氏や北条氏が好んだ馬出しである。
・天守は家光時代の天守を上回る規模であった。
→江戸城は織豊系城郭と東日本の城郭の集大成であり、城の東西統一だった
→大阪の陣を前に、家康は城づくりで信長・秀吉を圧倒。西国大名は天下普請によりこれを実感した。

2.1.6 秀忠、家光はなぜ家康の江戸城をそのまま引き継がなかったか
・名古屋城を見ると城の役割の変化がわかる。名古屋城は2つめの小天守を大天守に面した堀の中に築く予定であった。堀の中に築くのは、政治拠点としての本丸の面積確保を優先したため。後にこの小天守計画自体が中止
→過剰防衛な戦いのための城から、政治拠点としての城への役割が変化。
→江戸城も同様で、五重の外枡形や連立式天守は、本丸の面積確保の邪魔であり、順次改造されていった。

お城EXPO 2017 開催します

昨年12月、クリスマスの真っ只中、みなとみらい21という絶好の立地で、全国のお城ファンが集まる記念すべき第一回お城EXPOが開催されました。
このお城EXPO、なかなか好評だったようで、今年も開催されることになりました。

昨年に引き続き、またしても株式会社東北新社様からの告知依頼が来ました。
このような粗末なサイトにお声がけ頂けるとは嬉しい限りです。今年も微力ながら告知に協力させていただきます。
というわけで…

お城EXPO 2017 開催決定!
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開催日は12/22(金)、23(土)、24(日)の三日間で場所はパシフィコ横浜です。
プログラム内容は以下となります。

<テーマ展示>
・日本100名城&続日本100名城写真展
・厳選城絵図展
・城めぐり観光情報ゾーン
・エンタメステージ
・ワークショップ&セミナー
・お城のジオラマ模型展
・熊本城復興支援コーナー
・城下町 物販ブース
・お城EXPOフォトコンテスト
・イベントステージ
・お城シアター ほか

<厳選プログラム>
お城のスペシャリストたちが登壇する、ここでしか聞けない貴重な講演会、フォーラム、トークショー

またしても近場での開催ということで助かりました。
今年のお城EXPOでも私が楽しみにしているのは、お城会のセレブの方々が集まる厳選プログラムです。
登壇されるのは以下の方々を始めとした、お城ファンならばご存知であろう方々。

戦国時代といえばこの方 … 小和田哲男先生
数多くの天守復元を手がけ、私の愛読書「城の作り方図典」の著者 … 三浦正幸先生
後北条氏関係のディープな書籍を多数著作 … 黒田基樹先生
芸能界随一のお城通 … 春風亭昇太師匠
最近のお城番組で引っ張りだこ … 千田嘉博先生

厳選プログラム入場料とは別料金が必要ですが、相変わらずの豪華キャストなので十分な価値があると思います。
私としては全ての厳選プログラムを見たいのですが、そうするとテーマ展示をゆっくり見る時間が取れません。次回からは少し空き時間があると嬉しいですね。
今年は以下の厳選プログラムは絶対に見ようと思っています。
色々と面白いお話が聞けそうで、今から楽しみです。
22日は仕事ですが、私は22日は有給休暇をとって参加します!

22日(金) 13:30~14:30 「中世の続日本100名城について」中井均
22日(金) 17:00~18:00 「戦国の城の魅力と見どころ」小和田哲男
23日(土) 11:00~12:00 「三大名城について考える」春風亭昇太、萩原さちこ
23日(土) 12:30~13:30 「江戸始図から見た江戸城」千田嘉博
これは最近発見された徳川家康時代の江戸城の絵図にまつわる講演ですね。非常に興味があります。
23日(土) 14:30~16:00 「関ケ原合戦における豊臣家の位置」笠谷和比古、小和田哲男、小和田泰経
23日(土) 16:30~17:30 「天守の構造と意匠を見直す」三浦正幸
24日(日) 14:00~15:00 「城を攻める 城を守る」伊東潤、樋口隆晴
24日(日) 15:30~16:30 「北条氏の領国と城」諏訪間順、黒田基樹
(敬称略)

今年もお城ファンのクリスマスは「お城EXPO」で決まりのようです。
今年の様子もこのブログに掲載します。

安土城に登城しました

もう半年も前ですが、9年ぶりに安土城に登城しました。
前回よりもカメラもグレードアップしているので、より良い写真が撮れたと思います。
次に安土城に行った際は、安土城下巡りと安土山をぐるっと一周してみたいです。

KemaAkeの全国城めぐり – 安土城

能島城に登城しました

今年の3月にしまなみ海道、世界的にも珍しい島をまるごと城塞化した能島城に登城しました。
とあるスマホの位置情報ゲームのオフィシャルツアーでの参加で、公共交通機関ではなかなか行きづらい能島城に楽々行くことが出来ました。またかなりディープなお城好きの方々と交流が持てて楽しかったです。
そのゲームのURLはこちらです→発見!ニッポン城めぐり

KemaAkeの全国城めぐり – 能島城


お城EXPO 2016 レポート

2016年12月23(金)、24(土)、25(日)の三日間、おそらく全国初であろう大規模お城イベントの「お城EXPO 2016」がパシフィコ横浜で開催されました。
主催者の一角である東北新社様からのご案内もあり、招待状まで受け取りましたので喜んで行ってきました。
もっとも私が楽しみにしていたお城会の重鎮の先生方による厳選プログラムは別料金が必要で、座席指定となるため、満席を恐れて前売り券を買ってしまい、招待券は使わずじまいとなりました。私は23(金)、24(土)と参加して、厳選プログラムの講演やトークショーに張り付いていたので、テーマ展示はゆっくり見ることが出来ませんでした。次回は厳選プログラムの密度をもう少し減らしていただけるとテーマ展示も十分見ることができ、城ファンとしてはありがたいと思います。

テーマ展示 – 熊本城復興支援コーナー
4月の熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城について、被害状況説明と8ヶ月がたった現在の姿の写真が公開されていました。4月14日21時26分の前震(M6.5)では石垣の崩壊は6箇所のみ、現存建造物は長塀のみが崩壊、と比較的被害は軽かったようですが、16日1時25分の本震(M7.3)で石垣、現存建物ともに大被害を被りました。現代の建物でもM7クラスの地震を二回も喰らえばただではすまないので致し方ないでしょう。むしろ前震をほとんどの石垣、建物が持ちこたえたことは熊本城の築城技術の高さを証明していると思います。最終的な被害状況は以下となります。

・石垣
膨らみ・緩み 64箇所、517面 約23600㎡(29.9%)
うち崩壊50箇所、229面 約8200㎡(10.3%)
・重要文化財建造物
13棟 倒壊2棟、一部倒壊3棟、他は屋根・壁破損など
・復元建造物
20棟 倒壊5棟 他は屋根、壁破損など

被害総額
・石垣 約425億円
・重要文化財建造物 約72億円
・再建・復元建造物+その他公園施設 約137億円
計 634億円

ジオラマ-熊本城

ジオラマ-熊本城

お土産、グッズ、書籍販売会
お城や戦国関係の書籍や模型等が販売されていました。特に私が気になったのは「城ラマ」ブースです。城ラマとは「お城ジオラマ復元堂」さんが作成・販売している中世城郭のジオラマで、お城ブームの昨今注目を集めています。これまでお城の模型というと天守やその周辺のみで、土の城である中世城郭が商品化されるのは初めてだと思います。私がはじめて「城ラマ」を知ったのはたしかタモリ倶楽部ででした。そのときは、かなり小さいため作りが雑なのかなと思っていましたが、実際に現物を見てみるとかなり細かい作り込みに感動しました。
現在は長篠城、高天神城、上田城が販売されており、近々竹田城がラインナップに加わるとのこと。ここでは非売品の小机城も展示されていました。気になったのは小田原城にも取材(?)に行ったとの新聞記事が展示されており、担当者さんに小田原城も出るか伺ったところ、小田原城は大きすぎてちょっと厳しいとのこと。でも顔は笑っていたのでもしかしたら…小田原城となればお値段が張っても私は買うので期待したいところです。

城ラマブース

城ラマブース

城ラマー小机城

城ラマー小机城

城ラマ-高天神城

城ラマ-高天神城

城ラマ-長篠城

城ラマ-長篠城

テーマ展示 – お城のジオラマ模型展
「お城のジオラマ模型展」では、城郭模型作家・岐部博氏が製作した城ジオラマを40点を展示。現存十二天守の城から、なかなかマニアックな城まであり見入ってしまいました。ジオラマということでサイズの制約上かなりデフォルメがされていますが、いずれもその城の特徴が出ており、中には歴史的事件等を盛り込んだものもあり面白い造りになっていました。

お城のジオラマ-苗木城 その二

お城のジオラマ-苗木城 その二

お城のジオラマ-苗木城 その一

お城のジオラマ-苗木城 その一

お城のジオラマ-小田原城 その一

お城のジオラマ-小田原城 その一

お城のジオラマ-小田原城 その二

お城のジオラマ-小田原城 その二

お城のジオラマ-松山城

お城のジオラマ-松山城

お城のジオラマ-竹田城

お城のジオラマ-竹田城

お城のジオラマ-豊臣大坂城 その二

お城のジオラマ-豊臣大坂城 その二

お城のジオラマ-豊臣大坂城 その一

お城のジオラマ-豊臣大坂城 その一

お城のジオラマ-石垣山一夜城と小田原城 その一

お城のジオラマ-石垣山一夜城と小田原城 その一

お城のジオラマ-石垣山一夜城と小田原城 その二

お城のジオラマ-石垣山一夜城と小田原城 その二

お城のジオラマ-浜松城

お城のジオラマ-浜松城

お城のジオラマ-宇和島城

お城のジオラマ-宇和島城

お城のジオラマ-和歌山城

お城のジオラマ-和歌山城

お城のジオラマ-来島城

お城のジオラマ-来島城

お城のジオラマ-高知城

お城のジオラマ-高知城

お城のジオラマ-高松城

お城のジオラマ-高松城

お城のジオラマ-高取城 その一

お城のジオラマ-高取城 その一

お城のジオラマ-高取城 その二

お城のジオラマ-高取城 その二

お城のジオラマ-飛騨高山城

お城のジオラマ-飛騨高山城

お城のジオラマ-松前城

お城のジオラマ-松前城

お城のジオラマ-萩城

お城のジオラマ-萩城

テーマ展示 – 城郭の浮世絵展
城郭の浮世絵展では江戸時代、文化文政期から幕末、明治にかけての戦国時代の合戦等をモチーフにした浮世絵が展示されています。戦国時代をモチーフにしながら幕末の洋船、いわゆる黒船が描かれている、立派な天守があったりといろいろと面白いものがありました。
真柴久吉公播州姫路城郭築之図では秀吉が「真柴久吉」と描かれ、周りには「浮島正則」や「畑切且元」といったどこかで見たような人物が描かれています。豊臣政権を否定する徳川幕府にはばかってのことでしょうが、ミエミエな感じがおかしくすらあります。浮世絵師も幕府もお互いなあなあでやっていたのかもしれません。名将諸国を征伐之図は秀吉の一連の戦いを抽象的に描いたもののようで、城の周りには北条や本願寺など、秀吉がその生涯で対峙した相手の旗がはためいています。

城郭の浮世絵展-真柴久吉公播州姫路城郭築之図 その一

城郭の浮世絵展-真柴久吉公播州姫路城郭築之図 その一

城郭の浮世絵展-真柴久吉公播州姫路城郭築之図 その二

城郭の浮世絵展-真柴久吉公播州姫路城郭築之図 その二

城郭の浮世絵展-名将諸国を征伐之図 その二

城郭の浮世絵展-名将諸国を征伐之図 その二

城郭の浮世絵展-名将諸国を征伐之図 その一

城郭の浮世絵展-名将諸国を征伐之図 その一

テーマ展示 – 厳選城絵図展
厳選城絵図展では、公益財団法人 日本城郭協会が長年にわたり収集した城郭の絵図から選りすぐりの8点が展示されています。今回展示されている絵図は、歴史資料というより美術品としての性格が強いものですが、城の様子をイメージするには十分で面白かったです。特に日本城郭配置図には各国の石高や、城名、宿場町などが描かれており人だかりができていました。こういうのはやはり地元が気になるんですよね。

厳選城絵図展-日本城郭配置図 その一

厳選城絵図展-日本城郭配置図 その一

厳選城絵図展-日本城郭配置図 その二

厳選城絵図展-日本城郭配置図 その二

テーマ展示 – 現存十二天守模型展示
現存十二城の同縮尺での精巧な天守模型の展示です。神奈川県での開催ということで特別出演として小田原城も展示されていました。

現存十二天守模型展-小田原城 その一

現存十二天守模型展-小田原城 その一

現存十二天守模型展-小田原城 その二

現存十二天守模型展-小田原城 その二

現存十二天守模型展-松江城

現存十二天守模型展-松江城

現存十二天守模型展-丸亀城

現存十二天守模型展-丸亀城

厳選プログラム
厳選プログラムへの参加には通常の「入城券」の倍のお値段の「プレミアム入城券」が必要となります。私は正直なところテーマ展示はともかくこの厳選プログラムが目当てでした。なんといってもお城会の重鎮である小和田哲男先生や三浦昌幸先生のお話を生で聞けるわけですから。
実はいくつかの厳選プログラムの際、登壇していなかった小和田哲男先生が四席くらい隣に座っていて、思わず声をかけようかと思いましたがぐっと我慢しました。周りの人は気付いていたかったのでしょうか。サインが欲しかった…

ここでは厳選プログラムの中で特に印象に残った三浦正幸先生の講演をご紹介します。

厳選プログラム – 12/23(金) 天守と櫓について 三浦昌幸先生
天守復元でおなじみの三浦正幸先生の講演です。お題は熊本城の天守と櫓について。目からウロコの内容で要点は以下となります。

・宇土櫓の築城時期について
宇土櫓は一昔前は小西行長の宇土城天守を移築したものと伝えられてきましたが、現在はその説は否定されています。では宇土櫓はいつごろのものなのかという内容でした。

-櫓台は付近の石垣の積み方より新しい積み方となっており、増築されたものと考えられる

-櫓台には穴蔵があるが、一階床下の造りが穴蔵を持った櫓として相応しくない

-一階内部に広縁と呼ばれる空間がある。これは安土城や豊臣大坂城にもあったもので非常に古い時代の天守の特徴である

-最上階に高欄を設け天守なみの格式を持っている

-現在の大天守と大入母屋や破風の配置が類似している。このような配置を持つのは熊本城のみで、現在の大天守の縮小版が宇土櫓であると言える

結論:宇土櫓は清正が熊本に入ってから関ヶ原の戦いで加増されるまでの間に建てられた清正最初の天守である

宇土櫓については清正最初の天守であることが確実となれば、現存十二天守よりも古いものとなり、日本史上においても城郭建築史上においても非常に貴重な建物だといえます。そのため三浦先生は次に国宝にする必要がある城郭建築は間違いなく宇土櫓と太鼓判を押していらっしゃいました。僭越ながら私もそう思います。

・熊本城大天守の張り出しと得意な構造について
熊本城大天守は一重目が石垣から張り出し、通常の望楼型天守のパターンである一重と二重が同大な城(萩城、岡山城、豊臣大阪城など)と異なるユニークな形となっている。その理由について。

-もともと清正は四重ないし三重の天守をここに建てることを想定していた

-ところが関ヶ原での戦功での大幅加増(50万石)のため、石高に相応しい天守を築くことになった。当時の不文律として中納言以上あるいは50万石以上の大名は五重天守を建てる必要があった

-関ヶ原以前から現在の天守台を造っていたため小さな天守台に五重天守を建てることになり、苦肉の策として一重目を張り出した

結論:熊本城天守の特異な構造は、四重ないし三重天守の天守台に、無理やり五重天守を建てたため

ここからは私の推論ですが、天守台には現在の大天守の二重目から上だけが建てられる予定だったのではと思いました。すでに二重目より上の設計は終わっていたが、五重天守にする必要があったため一重目を継ぎ足した。今の大天守を見ているとだるま崩しの容量で一重目だけを外してみるとぴったりと天守台と二重目の大きさが一致するように見えます。いかがでしょうか。

早川石丁場群関白沢支群見学会

11月6日(土)に行われた早川石丁場群関白沢支群(はやかわいしちょうばぐんかんぱくさわしぐん)の現地見学会の様子をお伝えします。この見学会は今年3月に早川石丁場群関白沢支群(小田原市)、中張窪(ちゅうばりくぼ)石丁場(静岡県熱海市)、宇佐美北部石丁場群(静岡県伊東市)が江戸城石垣石丁場跡として国指定史跡となったことをきっかけに開催されました。一夜城の近くに江戸城のための石切場跡があるということは聞いていたのですが、なかなか行く機会がなく、今回は通常入ることが出来ない民間地にも入れるとのことでこれは見逃す訳にはいかないと参加しました。

出発は入生田の神奈川県立生命の星・地球博物館、解散地は一夜城ということで足掛け3時間ほど、山を200メートルほど登ることになります。

生命の星地球博物館

生命の星地球博物館

8:45に生命の星地球博物館前に集合です。ここから早川にかかる太閤橋を渡り山を登っていきます。石垣山一夜城までの道はそこまで急ではないため、余裕を持って登ることができます。

太閤橋から早川上流方面を望む

太閤橋から早川上流方面を望む

太閤橋は石垣山一夜城の大手道として早川に掛けられたと伝えられる橋です。今では一夜城の正面は早川方面のイメージですが、考えてみると京都から東海道を進むとこちらが正面になります。17世紀の江戸城修築の際には、石垣山の石丁場からこのあたりに石を下ろして早川を下り、早川河口で大船に積み替えて江戸に向かったと考えられています。ただ現在の早川を見ているとこの水深と水量で石材を積めるだけの船を航行させることができたのかは疑問です。昔は今とは随分違う様子だったのでしょうか。

段々畑の中の石垣用石材

段々畑の中の石垣用石材

しばらく舗装された農道を登っていくと右側に段々畑が見えてきます。段々畑には取り残された巨大な石垣用石材が残されています。この辺りの林の中にはこのような石がゴロゴロしているそうです。

運び出そうとした石垣用石材

運び出そうとした石垣用石材

段々畑を進みしばらくすると右側にいわゆる残念石が残されています。残念石は石垣用の石材として整形されながら何らかの理由で途中で運搬を止めた石で、この辺りだと伊豆半島の各所に残されているものが有名です。この残念石は整形の様子から17世紀前半の江戸城修築時のもので、なんらかの理由でこの沢(関白沢)に落としてしまったため縁起が悪い(落ちる=落城)ために放置されたものと考えられています。

斜面から突き出た大岩

斜面から突き出た大岩

残念石からしばらく、左側には斜面から突き出た大岩があります。昔の石工はこのような岩を目ざとく見つけて石垣用の石材に整形していきました。この岩は安山岩で固く大きくなる傾向があるため石垣に適しています。

下から見た石曳道

下から見た石曳道


上から見た石曳道

上から見た石曳道

途中で車道と別れ林道を進むと階段があります。この階段の脇に2005年から2006年の発掘調査で「石曳道」が発見されました。長さ175メートルに渡って残され斜面を切り通し状に掘り込んで南から北東に緩やかなカーブを絵が描きなら続いています。彫り込みの幅は約3.5メートル~約4.5メートル、路面の幅は約1.2メートル~約1.5メートルあります。路面は傾斜角約12度~15度、平均約14度となっており石材の運搬を考慮した一定の角度となっています。路面には轍が残されており、石材を運ぶための「地車」と呼ばれる荷車のものと考えられています。この地車を牛に牽かせて石を運搬していた様子が屏風に残されています。当時はこのような石曳道が延々と早川まで続いていたと考えられています。

石垣用石材の刻印

石垣用石材の刻印

石垣用石材とそこに根を張った木

石垣用石材とそこに根を張った木

斜面に残された石垣用石材群その一

斜面に残された石垣用石材群その一

斜面に残された石垣用石材群その二

斜面に残された石垣用石材群その二

矢穴の残る巨石その一

矢穴の残る巨石その一

矢穴の残る巨石その二

矢穴の残る巨石その二

石曳道の先、舗装路のヘアピンカーブの先には未舗装の林道が続いています。ここから先は民有地で通常立ち入りできませんが、今回は見学会ということで特別に立ち入り許可をいただいたとのことで奥に進みます。民有地ということでまだ史跡整備等がされていないため案内板はないのですが、このあたりが今回の見学会で一番の見どころになります。というのもこの一帯には加工途中で放置された石材が木々の間に多数転がっているからです。中でも目算になりますが、幅5メートル以上、高さ5メートル以上はあろう巨石は見ごたえがあります。縦に矢穴を彫り石を四等分しようとしていたようですが、真ん中の矢穴から想定外の割れ方をしたようで放置されたようです。あるいはこの辺り一帯の石材が矢穴を彫られかなりの行程まで切り出しが進んでいるようなので、もしかしたら場所的な問題で運び出しを断念したのかもしれません。市職員の方から矢穴の有無で石垣の修築時期を知ることができるとの解説がありなるほどと思いました。確かに織豊期の古い石垣には矢穴はなく(石材の大きさも原因でしょうが)矢穴があるとういうことは石材加工技術の発達した慶長期移行の石垣と見ることができるそうです。

保存された石丁場

保存された石丁場


先程のヘアピンカーブに戻り先に舗装路を進むと車道の走る開けた場所に出ます。ここには車道の橋の下に続く細い階段があり、橋の下にひっそりとこの石丁場があります。車道は広域農道小田原湯河原線で、建設に伴う発掘調査によってこのあたりで最大規模、保存状態も良好なこの石丁場が発見されました。車道建設のため失われるところでしたが、その価値から橋を架ける設計に変更され、現地保存されています。そのためちょうど橋が屋根の代わりにもなっておりなかなかユニークな史跡となっています。
ここでは石材の加工がつい先程まで行われていたかのような生々しい状況が残されており、石丁場を理解する上で極めて重要な場所となっています。石材の加工は以下の行程となります。
1. 安山岩の転石を割るために「矢穴」を一列に彫る
2. 目的とする大きさに割る
3. 形を整える
4. 整形が完了した石材を集める

石垣山一夜城入り口

石垣山一夜城入り口

移設された石垣用石材

移設された石垣用石材

八の刻印

八の刻印

本日のゴール、石垣山一夜城に到着です。今回見てきたのはあくまで江戸時代の石丁場であり、石垣山一夜城に使われた石材の石丁場とは別のものです。石垣山一夜城に使用されている石材は矢穴を用いない野面積みで、明らかに本日見てきた石丁場の石材とは異なっています。小田原合戦の翌年に築城が始まった肥前名護屋城は矢穴を用いた野面積みとなっており、この石垣山一夜城が矢穴の有無の転機となったとも考えられています。そういった意味でもこの石垣山一夜城とその周辺の石丁場群は日本城郭史を語る上で重要な場所と言えそうです。
こうなると石垣山一夜城に使用された石材の石丁場も見てみたいものです。市職員の方の説明では「今回見てきた石丁場は人海戦術で石を切り出したもので、未熟練工もたくさんいたため時間がかかっていたであろう」とのこと。対して石垣山一夜城の石材は「熟練職人がカンと経験を頼りに短期間で切り出したもの」とのことでした。野面積みは石材の加工度が低く、打込ハギに比べ石材は小さめになるため、石丁場も小規模であり、このあたりの自然に完全に埋もれてしまっているのかも…などととりとめのないことを考えています。

石垣山一夜城へは入生田方面からゆるゆると登って、残念石や石丁場を見学していくとよりどっぷりお城の世界に浸れると思います。早川方面からのルートより坂道も緩いのでおすすめです。

お城EXPO 2016 開催決定!

細々とお城関係のサイトとブログを運営している私ですが、先日1通のメールが届きました。

「お城EXPO2016」開催のご案内と告知協力のご依頼…

どうやらこのささやかなブログが株式会社東北新社様の目に留まったようで、12月に開催する全国初(?)の大型お城イベントの告知依頼でした。というわけで喜んで協力させて頂きます。

お城EXPO2016
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開催日は12/23(金)、24(土)、25(日)の三日間で場所はパシフィコ横浜です。プログラム内容は以下となります。

<テーマ展示>
・浮世絵に見る攻城戦展
・厳選城絵図&お城模型展示
・日本100名城写真展
・熊本城復興支援コーナー
・お城シアター
・お城EXPO検定
・城めぐり観光情報ゾーン
・城下町 特産・名産品即売会
・お城EXPOフォトコンテスト
・ワークショップ   ほか

<厳選プログラム>
お城のスペシャリストたちが登壇するここでしか聞けない貴重な講演会・フォーラム・トークショーなどの厳選プログラム。12月24日(土)に開催するトークショーでは、春風亭昇太さんにご参加いただき、城郭考古学を専門とする考古学者の千田嘉博さん、城郭ライターの萩原さちこさんとともに、お城について熱く語っていただきます。

この中で私が特に気になっているのが厳選プログラムです。三日間それぞれで別のゲストが登場し、トークショーや貴重な講演会が開かれます。そのゲストが実に豪華です。

戦国時代といえばこの方 … 小和田哲男先生
数多くの天守復元を手がけ、私の愛読書「城の作り方図典」の著者 … 三浦正幸先生
後北条氏関係のディープな書籍を多数著作 … 黒田基樹先生
芸能界随一のお城通 … 春風亭昇太師匠

お城、戦国好きなら見覚えのある名前ばかりだと思います。入場料とは別料金が必要ですが、これだけの豪華キャストなので十分勝価値あると思います。私は以下のプログラムを見に行こうかと検討中です。

23日(金) 講演会「天守と櫓について」 …三浦正幸先生
24日(土) トークショー「山城の魅力を語る!」 …春風亭昇太師匠 他
24日(土) 講演会「秀吉の小田原攻めの意義と背景」 …黒田基樹先生 他
24日(土) フォーラム「小田原攻めの実態に迫る」…小和田哲男先生、黒田基樹先生 他

これだけ豪華ですとちょっとしたクリスマスプレゼントのようです。全国のお城好きの方はぜひこの三日間はパシフィコ横浜へ!
もちろん「お城EXPO2016」の様子はこのブログにも掲載します。

第8回 日本城郭検定1級 合格しました! 解答掲載

ものすごく今更ですが6月19日(日)に行われた第8回 日本城郭検定1級に合格しました。

それなりに手応えは感じていたのですが、合格ラインが70点で、得点は73点でした。げっこうギリギリですね。前回の1級で既出の出題がなければ間違いなく不合格だったでしょう。1級の平均合格率は4.9%ということで、城好きの友人がいれば自慢できるかもしれません。全問正解した人はいるのでしょうか?

解答も公開されたでの、問題ページに白文字で掲載しました。反転させてご覧ください。これから受験する方の助けになれば幸いです。
問題と解答はこちら